エリートスポーツの産室「ジンチョン選手村」オープン


韓国エリートスポーツの百年大計を担う「ジンチョン選手村」時代が開かれた。文化体育観光部と大韓体育会は忠清北道ジンチョン選手村で開村式を開き、スポーツ先進国に向けた新たな跳躍を宣言した。

開村式にはイ・ナギョン首相をはじめ、ト・ジョンファン文化体育観光部長官、イ・ギフン大韓体育会長、イ・シジョン忠北道知事、ユ・スンミン国際五輪委員会(IOC)選手委員、アーチェリーのキ・ボベ選手など2000人が参加し、ジンチョン選手村時代の開幕を祝った。

栄光・跳躍・希望をテーマにした開村式行事は、トーク・コンサート形式で行われた。キム・グァンソン(ボクシング)、チェ・ユニ(水泳)、ホ・ジェ(バスケットボール)、キム・ミジョン(柔道)、パク・サンヨン(フェンシング)、チン・ジョンオ(射撃)など前・現国家代表選手と関係者らが壇上に上がって「テヌン選手村時代の栄光」と「ジンチョン選手村の跳躍」を話題にした。

男子バスケットボール代表チームのホ・ジェ監督は、「1984年に選手としてテヌン選手村に入村してみると、訓練環境が良かった。ところが監督としてジンチョン選手村に来てみたら、訓練環境がさらに良くなった。選手たちは懸命に練習して良い成績を上げてほしい」と呼びかけた。

2016リオ五輪のフェンシング金メダリストで「やればできる」シンドロームを巻き起こしたパク・サンヨンは、「最近スランプに陥っているが、つらい時に多くのことを学べる。ここで一生懸命に練習して1年前の栄光を取り戻せるように頑張りたい」と覚悟を述べた。

ジンチョン選手村は2009年2月に着工して完成まで8年もかかった。520億円も投入された大プロジェクトだった。ジンチョン選手村の敷地面積は159万4870㎡で、テヌン選手村(31万969平方メートル)の5倍になるなど、世界最大規模だ。選手たちが使う宿所は8棟823室でテヌン選手村(3棟358室)とは比べものにならない。

収容種目も従来の12種目から35種目と増え、収容人員も450人から1150人に増加した。選手の怪我や治療に必須的な最先端医療設備を備えたメディカルセンター、競技力向上のために研究や測定ができるスポーツ科学センターなどの付帯施設も入った。

ジンチョン選手村がオープンすることによって1966年に設立されて以来、各種国際大会で韓国のメダルの産室役割を果たしてきたソウル蘆原区のテヌン選手村は51年の歴史を閉じる。歴代夏季五輪の金メダル90個、冬季五輪の金メダル26個など、計116個の金メダルを輩出したテヌン選手村は、存続と撤去の分かれ道に立った。

1992年バルセロナ五輪で女子柔道金メダルを獲得したキム・ミジョン龍仁大教授は「テヌン選手村は、私には第2の故郷と同じ場所」とし、「もし無くなったら私の歴史だけでなく韓国体育の歴史が消えることになる。文化財として保存してほしい」と明らかにした。 キム・テヒョン記者

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