東アジアでの生存戦略「主導的外交」



12月23日、セミナーに出席するために東京を訪れた。いつものように入国してすぐ新聞を読んでみたが、ある広告が目に入った。「全国瞬時警報システム(Jアラート)」を紹介する政府の広告だった。北朝鮮の弾道ミサイルの飛来に備えた警報の伝達と避難要領などが内容だ。その日の新聞に一斉掲載されたようだった。

それだけではない。「弾道ミサイル落下に備えた行動」という30秒の動画もNHKをはじめ全国43の放送局で、その日から放送し始めた。4億円近く投じたという日本政府の広報に驚いた。意図的に煽り、誇張された政府の広告である。

私たちが鈍感なのか。南北が対峙する休戦ラインからわずか数十キロの距離にあるソウルですら見られない防空避難要領を日本で直面するとは思ってもいなかった。日本の過度な準備と韓国の呑気な雰囲気が対比されるが、本質は北朝鮮脅威論を煽る日本の行動だ。

北朝鮮の脅威論が高まれば、日本社会は平和憲法改正の必然性や自衛隊強化の必要性などに納得するようになるはずだ。安倍首相が特定の学校法人(森友・加計学院)を支援したとされる疑惑などで支持率が落ちている状況を挽回しようとする意図があるのかもしれない。どうであれ、日本政府は内部の基準に基づき、意図したとおりに声を出しているようだ。誰が何と言っても。

自主的な内政と主導的な外交は主権国家の当然の権利で、望ましい姿だ。日本の行動が今の私たちの立場からは全く理解できていないとしてもそれは彼らの仕事だ。責任も彼らが負わなければならない。批判と評価は自分へ向ける時に光を発する。肝心なことは、現在、我々が内政と外交を自主的かつ主導的に取り組んでいるかどうかである。

7日は日中戦争勃発80周年の日だ。北京郊外の盧溝橋付近で夜間訓練中の日本軍と中国第29軍の間で起きた銃撃戦が全面戦争に拡大した「盧溝橋事件」(7・7事変)が起きたのだ。日本は1931年に満州事変を起こし、国際連盟を脱退することによって、域内の欧米帝国主義間の協調的帝国主義の秩序を蹴って出た。

日本の独自路線は戦争と侵略へ繋がった。41年の真珠湾攻撃で戦線が太平洋に拡大した時も、日本は自主外交の道を歩いた。しかし、その終わりは破滅だった。敗戦国日本は戦後長い間、戦勝国の盟主である米国の陰で従属的立場を続けてきた。

こうした日本が脱冷戦とともに、自主的路線を少しずつ拡大してきている。右翼の声が高まって戦後体制とも言える平和憲法の改正問題が本格化している背景もまさにそこにある。最近、日本と中国の対立も日本の自主外交と無関係ではない。もちろん、2008年以降、中国の積極的かつ攻撃的な対外政策の変化も一役買っているといえる。

中国は78年の改革開放以降、国際平和を掲げて姿勢を低くし、経済成長に焦点を置いてきた。しかし、2008年のグローバル金融危機で米国をはじめとする西側諸国が経済難を経験する中、中国は世界の工場、世界の市場として浮上した。そして、「米中両強時代」、「G2」などの言葉が登場し、中国はいつのまにか「大陸崛起」の姿勢を示し始めた。

米国の国際戦略家エドワード・ルトワークは「チャイナ4.0」(2016文芸春秋)で、一国の自主的かつ主導的な戦略はしばしば勘違いを起こすと診断する。その代表的なものに、中国の「崛起転換」を挙げる。軍事力と資本力で周辺国を圧迫すれば、何でも自分たちが望むようになるというのは勘違いであり、それによって、戦略の修正が避けられなくなるという。

相手の対応を客観化できず、自己中心的に楽観しては自主外交や主導権外交は破滅を免れない。ルトワークはまた、他の失敗事例として、日本の真珠湾攻撃、2003年の米国のイラク攻撃を上げている。現実に存在する米国とイラクを想定せず、自分たちが望むアメリカ観やイラク観を作ったのが、結局失敗を招いたという。

東アジアの国々はそれぞれ主導的かつ自主的な対内外政策を駆使してきたが、それがいつも成功的であったわけではない。韓国が進むべき方向、少なくとも東アジアで生きていける方法も、やはり自主的かつ主導的な戦略から出発する。ただし、それが一方的な価値観や希望交じりの期待を掲げては失敗するしかない。

先月、ムン・ジェイン大統領は初の韓米首脳会談を成功裏に終えた。トランプ大統領は共同声明で、「韓半島の平和統一環境を造成するうえで、韓国の主導的役割」を支持した。韓国の主導的外交もこれからが本格的な始まりだ。試練も少なくないはずだが。

感情よりも実利が、当為性よりも知恵が切実だ。何より戦略的な勘違いを警戒しなければならない。相手は決して私たちが望む通りに動いてはくれないからだ。 チョ・ヨンレ編集委員

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