「神様に向けられた視線」


崔圭榮 牧師
東京JUSARANG教会
国民日報JAPAN顧問

アメリカのキリスト教牧師であり、説教家のA.W.トージャーは「神様を小さな方だと思えば、諸悪が生じ、神様を大きな方だと思えば、現在の問題が解決される」と述べました。人生のなかで問題がない人は誰もいません。詩篇23編4節で「死の陰の谷」と表現するほどの苦難を経験しながら通る時もあります。

人生の問題は健康、事業、家庭などで起こる困難です。詩篇23編の著者であるダビデの表現どおり、ある種の「死の谷」です。しかし、このような谷を通る人の態度は各自の選択です。人生のなかで発生する問題は私たちの選択ではなくても、その問題に出会ったときにどのように対処するかは私の選択です。

そんな時、最善の選択は「視線を神様に向けること」です。ダビデ王はイスラエルの人々に最も尊敬される王です。 それはダビデの人生には問題がないからではありませんでした。ダビデは誰よりも問題が多い人でした。

サウルに次いで王になるというサムエルの予言の後、彼を殺そうとするサウルから逃げなければならない死の恐怖がありました。王になっても一部の王であり、イスラエル全体から認められなければならない問題がありました。また、自分の忠臣であるウリヤを殺して彼の妻バトシエバを欲しがった淫欲の罪の問題もありました。イスラエル全体の王になってからは、息子アブサロムに裏切られる家族の問題もありました。

その度に、ダビデの選択は「神様に目を向けること」でした。あまり問題に集中しないでください。問題よりも大きい方である神様を見ながら進んでください。皆さんの視線を問題から神様に移してみてください。そうすると、必ずその問題は解決されます。そして驚くべきことが起こるはずです。

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